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ここにしか咲かない花は「私」

現在の園舎ともこの一カ月でお別れだと思うと様々な思い出がよみがえりますが、本当にお別れだという実感がまだわいてこないのが実情です。工事中はいろいろご迷惑、ご不便をおかけすることになるかと思いますが、どうかよろしくお願いいたします。

前にもご紹介いたしましたが、みやざき中央新聞編集長、水谷もりひとさんの著書である「日本一心を揺るがす新聞の社説」の中に『ここにしか咲かない花は「私」』という章があります。とても参考になりますので、ご紹介いたします。

=(前略)この曲を聴いた臨床心理士の長谷川博一さんは、心理士らしいイメージを思い浮かべた。それは「家庭という場所」。とある月刊誌に長谷川さんのインタビュー記事が載っていた。
「<甘え>の究極の形は、子どもの存在を無条件で喜ぶことです。『何もない場所だけど、ここにしか咲かない花がある』というコブクロの歌の詞がありますが、我が家に生まれたこの子は、『ここにしか咲かない花』だという気持ちがあれば、子どもに伝わります」
 長谷川さんは、子どもというのは、子どもらしく生きることが大事だと語っていた。子どもらしく生きるとは、第一に「甘えること」であると。
 子どもが親に甘える。すると、「甘ったれるんじゃねぇ」と叱責する親もいるかもしれない。でもそのセリフは、子どもがいい年になってからの話で、小学生くらいまでは十分に甘えられた経験を積み重ねておくことが大事というのだ。
 戦前、戦中、戦後を生きてきた日本人は、「うちのオヤジは厳しかった」とか「母親の厳しいしつけがあったからこそ、今の自分がある」と言う。
 しかし、「今の自分がある」のは、ただ厳しい親のしつけのお陰だけでなく、子どもを取り巻く豊かな自然や、豊かな地域コミュニィティなどが子どもを育ててきたわけで、親の厳しさだけでは子どもは育たないと思う。
 そう、昔の子どもには、どんな厳しい親がいても、ちゃんと「逃げ場」があった。朝から晩まで親に厳しくしつけられていたのではなく、親の目の行き届かないところで、彼らは思いっきり「子ども時代」を楽しんでいたはずだ。
 少子化の時代になった。
 現代の子どもたちにとっての親の厳しさとは、親の期待通りに生きることを強いられることにある。「エリート家庭で子どもが暴走するのはその影響だ」と長谷川さん。
「小学生で『いい子』というのは、精神発達上、おかしいんです。子どもは自己中心で、悪さをしたり、さぼったりする。それがその時期の本当の姿なんです」と。
 そうだったのか。親の言うことを全然聞かない息子をいつも怒っていたが、彼はちゃんと子ども時代を生きていたのだ。
 自分の欲望のままに生き、その中でたくさんの失敗を重ね、時に親から怒られながら、分別のある大人に育っていく。そのときにまたコブクロの歌が聞こえたらいい。
「あの優しかった場所は今でも変わらずに僕を待ってくれていますか?」=

 今ではすっかり忘れてしまっているのでしょうが、私たち大人も最初から分別があったわけでは決してないのです。成功や失敗、うれしい体験や悲しい体験、さまざまなことを繰り返しながら、大人になっていくのです。心理士の長谷川さんも言っていますが、本来子どもは自己中心的なものですので、かえって分別のある子どもの方が危険性が大きいと私も思います。
 子どもは「こどもらしく」が一番です。
   
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